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長野地方裁判所諏訪支部 昭和30年(ワ)29号 判決

原告 松沢と志江

被告 牛山澄之

主文

被告は別紙〈省略〉目録表示の土地につき、長野地方法務局茅野出張所昭和三十年三月三日受付第三九八号をもつてなした昭和二十九年十二月七日相続による所有権移転登記を、同一相続により被告の持分六分の五、原告の持分六分の一の割合で共同相続した旨の所有権移転登記に更正登記手続をせよ。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

第一、原告の申立

「被告は別紙目録表示の土地につき、長野地方法務局茅野出張所昭和三十年三月三日受付第三九八号をもつてなした昭和二十九年十二月七日相続による所有権移転登記を、同一相続により原告及び被告が共同相続した旨の所有権移転登記に更正登記手続をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求める。

第二、原告の主張

一、別紙目録表示の土地(以下「本件土地」という。)はもと牛山くめの所有であつたが、同人は昭和二十九年十二月七日死亡した。ところで、同人の相続人はその夫である牛山齊助、その子である原告、被告、百瀬正子及び北原てる代の五名である。これら相続人のうち被告を除いた四名の者は牛山くめの遺産を被告をして相続させるために一旦法定の期間内に長野家庭裁判所諏訪支部に対し相続放棄の申述をしたが、原告は原被告間の他の係争事件が円満に解決できなかつたためこの申述を取り下げた。牛山齊助、百瀬正子及び北原てる代の三名も原告に相続放棄の意思のないことを知つてこの申述を取り下げた。

二、被告は原告のほか牛山齊肋、百瀬正子及び北原てる代の作成名義の、民法第九百三条により相続分がない旨の証明書を添附して、本件土地につき、長野地方法務局茅野出張所昭和三十年三月三日受付第三九八号をもつて前記相続による所有権移転登記手続をなし、現在登記簿上被告の単独所有になつている。しかし、原告は牛山齊助から原告名義の証明書に押印するよう求められて拒絶したことがあるが、原告名義の証明書を作成したことはないから、原告名義の証明書は被告が原告の記名押印をして作成した偽造にかゝるものである。

三、以上のとおり相続人のうち牛山齊助、百瀬正子及び北原てる代の三名は相続分がない旨の証明書を提出しているから、真実相続分がなかつたわけであり、仮に相続分があつたとしても、この証明書を提出したことは相続分放棄の意思表示をしたものとみるべきである。よつて牛山くめの遺産である本件土地は原告及び被告の両名が均分に相続したことになるから、原告は被告に対し被告がした前記所有権移転登記を原告及び被告が共同相続した旨の所有権移転登記に更正登記すべきことを求める。

四、被告主張の事実のうち、牛山齊助、百瀬正子及び北原てる代が相続分を被告に贈与したとの点は否認する。

第三、被告の申立

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求める。

第四、被告の主張

一、原告主張の事実のうち、被告が原告名義の証明書を偽造したとの点は否認する。原告名義の証明書は被告への所有権移転登記手続に当つた牛山齊助が原告の承諾を得て作成したものであるが、この証明書にある松沢という印影がどのようにして押されたものであるか、及び牛山齊助が原告に対しこの証明書に押印を求め、原告がこれを拒絶したことがあるかどうかは知らない。その他の事実は認める。

二、被告を除く四名の相読人が相続放棄の申述を取り下げた結果、牛山くめの遺産は相続人五名の共同相続に帰したわけであるが、牛山齊助、百瀬正子及び北原てる代の三名はあくまでこの遺産を被告に相続させるために被告に対してこの相続分を贈与し、且つ民法第九百三条により相続分がない旨の証明書を交付したのである。

被告としては原告主張の所有権移転登記をみずからなさなかつたが、この登記手続は正当になされたものと信ずるのであり、仮に原告名義の証明書が偽造であるとしても、原告の請求のうち原告の相続分を超える部分は失当である。

第五、証拠〈省略〉

理由

一、本件土地がもと牛山くめの所有であつたこと、同人が昭和二十九年十二月七日死亡したこと、同人の相続人がその夫である牛山齊助、その子である原告、被告、百瀬正子及び北原てる代の五名であること、これら相続人のうち被告を除いた四名の者が法定期間内に長野家庭裁判所諏訪支部に対し相続放棄の申述をし、その後この申述を取り下げたこと、並びに原告、牛山齊助、百瀬正子及び北原てる代の作成名義の民法第九百三条により相続分がない旨の証明書を添附して、本件土地につき、長野地方法務局茅野出張所昭和三十年三月三日受付第三九八号をもつて前記相続による所有権移転登記手続がなされたことは当事者間に争がない。

二、よつて先ず各相続人がそれぞれ相続分を有していたかどうか、相続分を有していたとすれば被告を除く各相続人の相続分がいかに処分されたか、及び所有権移転登記手続に際し添附された証明書が作成された経緯について考察する。

成立に争のない甲第一ないし第三号証、証人牛山齊助、百瀬正子、北原てる代の各証言によつて真正に成立したものと認められる甲第四、五号証、証人牛山齊助、松沢厚、百瀬正子、北原てる代の各証言(但し牛山証人の証言中後記の信用しない部分を除く)、原告本人尋問の結果を総合すると次の事実を認めることができる。

「牛山齊助は明治四十三年四月牛山くめと入夫婚姻したが、その後同人から生計の資本として贈与を受けたことはなく、又遺贈も受けなかつた。原告、被告、百瀬正子及び北原てる代は婚姻の費用を父である牛山齊助から支出して貰い、牛山くめから婚姻若しくは生計の資本として贈与を受けたことはなく、又遺贈も受けなかつた。牛山くめが死亡した後、牛山齊助、百頼正子及び北原てる代の三名は牛山くめの遺産を長男の被告をして相続させるため相続放棄の手続をとることに決め、原告に対しても同調するよう求めたところ、原告は被告との間の他の紛争が円満に解決することを条件としてこれに同意した。そこで牛山齊助は相続放棄の申述書に各人の署名押印をとりまとめて長野家庭裁判所諏訪支部に提出したが、紛争の未解決に不満な原告が同裁判所の呼出に応じなかつたため、他の申立人は原告に相続放棄の意思がないものとみてその申述を取り下げ、原告もまたその申述を取り下げた。しかし牛山齊助、百瀬正子及び北原てる代の三名は何とかして被告ひとりに相続させたいと考え原告に再考を求めたが拒絶された。そこで牛山齊助は被告から相続による所有権移転登記の委任を受け、被告に相続分を譲渡する手続をとらなくても民法第九百三条により相続分がない旨の証明書によつて被告単独名義に登記のできることを知り、自分名義の証明書を作成したほか、百瀬正子、北原てる代をして証明書を作成させたが、原告のみは証明書の作成に応じないことが明白であつたから、他の者に原告名を記名させた後有合印を押して原告名義の証明書を作成した上、これらの証明書を添附して相続による被告への所有権移転登記手続をした」

証人牛山齊助の証言中にはこの認定に反する供述があるが、到底信用することができず、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

以上の事実からみると、牛山齊助、百瀬正子及び北原てる代は牛山くめの遺産につき相続分を有し、これを被告に贈与したものと認めるのが相当である。これに反し、原告も相続分を有しこの相続分は何ら処分されなかつたわけである。従つて原告は本件土地に六分の一の持分を、又被告は本件土地に六分の五の持分をそれぞれ有するものといわなければならない。

三、ところで、原告は被告のなした所有権移転登記の更正登記手続を求めるものであるが、先に認定したとおり、各相続人がいずれも相続分を有しているにもかゝわらず、牛山齊助、百瀬正子及び北原てる代名義の相続分がない旨の証明書を利用してこの登記がなされたのであるから、かゝる登記を基礎として更正登記をすることには疑問がないわけではない。しかしながら、被告のなした所有権移転登記は相続分の譲渡の手続をとることなく相続分がない旨の証明書を利用して同一の目的を達しようとする脱法行為であつて、このような事実関係に符合しない登記を黙認することはもとより好ましいことではないが、登記官吏に実質審査の権限がない以上このような登記を防止することは不可能であつて、これを無効とすることは却つて取引の安全を危うくすることにもなり、且つかゝる登記も現在の真実の権利状態を公示する点で制度の目的を達することから考えると、被告の有する持分の限度でこれを有効と解するのが妥当である。

四、してみれば、被告は別紙目録表示の土地につきなした前記所有権移転登記を同一相続により被告の持分六分の五、原告の持分六分の一の割合で共同相続した旨の所有権移転登記に更正登記手続をする義務があるものといわなければならない。

よつて原告の請求は以上の限度で正当であるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用は民事訴訟法第九十二条本文を適用しこれを二分して原被告にその一ずつを負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 宮脇幸彦)

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